2011年5月20日金曜日

素敵な出会い

私のオフィスは新大阪にあります。
今日は提案書作りで会社に籠ってPCと睨めっこ。

気が付けばお昼の時間帯で周りが外出でいなかったので、弁当を買いに外に出ました。

並んでたこともあり、近くのラーメン屋で昼食をとり、店を出たところ、凄い小さなおじいちゃんがキョロキョロして、色んな人に尋ねてました。一見怪しいのですが、おじいちゃんは本当に困ってそうでした。
尋ねられた人は忙しそうに断ってました。

何か困ってそうだったので、おじいちゃんにどうしましたか?と聞きました。

どうやら、道がわからなくなったみたいで、バスを降り、
一度買い物をして、バス停まで戻ろうとしたところバス停がわからなくなったとのことです。
十三小学校の駅まで行きたいと言ってました。
近くのバス停を調べたらどうやら行かないみたいで、こういう時に凄い便利なiPhoneで調べたら、ワンブロック先の道からバスがでていることがわかり、私の運動も兼ねておじいちゃんとバス停まで歩きました。

ゆっくり歩いたので色んな話になったのです。

お兄ちゃん、タッパあるねー。の一言から始まりました。

おじいちゃんは小さいのですが、その小ささもあってかゼロ戦の操縦士だったとのことです。
小さい人しか乗れなかった。
四国の方に配属になって、太平洋には、アメリカの艦隊があり、それが敵だった。
あと、何日か終戦が延びたら、私は死んでいた。

仲間162人のうち、150人は死んでもうた。

・・・。

以前、このブログで紹介した、永遠の0という本と、年始に行った境港の水木しげる記念館でより深く知って興味深かった戦争の話を色々と聞いた。


本当にいい話を聞いた。
その話を孫や子孫に語り継いで欲しい。
戦争が生む悲しみを。


しかしこの時代の人は、そんな時代を生きてきたせいか、なんか凄い。
覚悟がある。
理不尽な世の中を渡り歩き、
そこの使命を果たすべく覚悟を持ってとりくむ。
しかも命をかけて。

できるかな、今の男は。


本当に昔を生き抜いた人は凄い!


最後におじいちゃんに聞いた。
僕がその時代にいたら、どこに配属されてたんやろー。ってきいたら、
おじいちゃんは、兄ちゃんみたいにデカイ男は、ほとんど爆撃機で突っ込んで行く係りや。って。。

特攻ってことか?
さすがにそれ以上は聞けなかったし、聞かなかった。


最後に深いお辞儀と合掌をしていただき、握手で別れた。

85歳と言っていた。
まだまだ長生きしてほしいものです。


また、出会いたいな。


一期一会。


素敵な出会いやった。


さて、来週の提案にむけ、
これから少し仕事して、風呂入って寝ます。

ちゃお☆

のび#70